『つみきのいえ』という絵本があります。とても好きな一冊です。
この物語では、「段々海面が上がっていく街」でおじいさんが家を上へ上へ増築して住んでいます。ある日おじいさんはちょっとしたトラブル対応のため、すでに海に沈んでいた「下の方の家」に潜水服を着て潜っていき、順番に過去を思い出していく・・・という筋書きです。
これは、基本的な解釈としては人生の縮図を描いた物語だと思いますが、会社組織やソフトウェア資産にも通じるものがあると思います。会社もソフトウェア開発も「人の営み」ですから、突き詰めると「人生」の呪縛からは逃れられないと思います。
『つみきのいえ』の世界観に住んでいるとしたら、下のフロアは海水で満たされているので、気楽に立ち寄れません。「下に潜る」にはきちんとした準備が必要です。あるいは「下で作業していた人が上へ移動する」ときもきちんとした計画と時間が必要です。深い海からの強引な上昇は減圧症を引き起こす危険があります。
ですが、私たちはともすると、自分たちが住んでいる建物はガラス張りで見通しがよく、高速エレベーターですいすい移動できて、人の往来も自由自在、何の負担もないことだと思いがちです。「仲間なんだから同じ世界を生きているに決まっている」と思い込むこともあるでしょう。ですが、それは実は「時と場合による」のです。海に浸っていない階層ではそこそこ自由が利くでしょうが、すでに海に沈んだ区画ではそうはいきません。そして、常に全ての住人が海上にいるとは限りません。
ソフトウェアエンジニアという種族は往々にして深海に留まらざるを得ないケースがあります。多くの場合、エンジニアにとって古い家の上に新しい家を建てることこそが最も適切な戦略で、突然土台なしで海面にぷかぷか浮かんでいる超高層ビルを建てることはほとんどの場合不可能です。最下層がぐらぐらしていたりしたらがんばってそこに潜っていって、応急処置に明け暮れることもあるでしょう。
一方で、そこは酸素の足りない世界です。誰の助けもなく、一人でそこに留まり続けることはできません。我々は人魚ではないですから。
エンジニアがエンジニアリングする対象は年々増え続け、複雑になり続けています。より高く、より広い(ここが『つみきのいえ』のおじいさんと違うので大変なのですよね・・・)家を建て続けるために、組織マネージャーは終わりなき建築計画と潜水計画を続けなければなりません。片方に疲れて片方を忘れないようにしたいものです。